有田焼

Posted on 2月 17th, 2008

Posted by かおり

1604年、朝鮮の陶工・李参平が有田の泉山に良質の白磁鉱を発見し、上白川天狗谷に窯を築いて磁器を焼き始めたのが有田焼の始まり。
同時に、日本の磁器文化の始まりです。
以来、鍋島藩の強力な保護の下、有田焼は御用窯として発展し続け、質の高い作品を数多く生み出しました。
日本各地からは、磁器技術を学びに多数の陶工たちが集まり、こうして磁器は全国に広まっていきました。
1653年には、大量の有田磁器が東インド会社の手でヨーロッパをはじめ海外へ輸出され、人気を博しています。
ドイツのマイセンやオランダのデルフトでは、これら輸出品を元に写しが焼かれ、それは現代のヨーロッパの作品にも受け継がれている。
有田焼は、染付や染錦などの古伊万里様式、赤絵、濁手などの柿右衛門様式、色鍋島の鍋島様式の3系統に大別される。
藩御用達や献上用に作られていた色鍋島は公開されず、一般に出回ったのは伊万里と柿右衛門様式です。
これらが、海を渡り”イマリ”という名で世界的に広く知られるようになったのです。

有田焼といえば、白く透きとおるような地肌に、華やかで繊細な絵付けが特徴。
発生当初は、藍の染付が施されていましたが、その後、多彩な色を使った古伊万里様式が誕生し、豪華絢爛な大皿や壺が作られた。

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