波佐見焼
Posted on 9月 15th, 2009
Posted by かおり
波佐見焼(はさみやき)は長崎県東彼杵郡波佐見町で焼かれる磁器のことである。
波佐見焼の誕生は今からおよそ四〇〇年も前にさかのぼります。
慶長3年(1598)、秀吉の朝鮮出兵に参加した大村藩主・大村喜前は大陸の陶土・李祐慶兄弟たちを伴って帰郷しました。
その翌年彼らが波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に連房式階段状登窯を築き、やきものづくりを始め、この時に波佐見焼は産声をあげました。
当時の波佐見焼を代表するのが「コンプラ瓶」と「くらわんか碗」です。
白磁のどっしりしたコンプラ瓶は醤油や酒用ボトルとして、長崎の出島からオランダや東南アジアなどに向けて盛んに輸出され、世界中の様々んば歴史の場面に登場しました。
一方、くらわんか碗は少し粗い白磁に呉須(藍色)で簡単な模様を描いた器で、それまで庶民の手が届かないと思われていた磁器碗を手頃な価格にしました。
このせいか、たくさんの庶民の人気を得て、その後の日本食の発展に大きな影響を与えたと言われています。
主な作品として、くらわんか碗 がある。
波佐見焼最大のヒット作と呼ばれる、簡単な草花文などの絵付を施した磁器。
名は、淀川の京都・大坂間にある枚方宿で、商人が小舟で三十石船に近づいて「酒食らわんか餅食らわんか」と囃しながら食事などを売った「くらわんか舟」に由来する。

