京焼・清水焼
Posted on 1月 19th, 2008
Posted by かおり
桃山時代、茶道の隆盛とともに千利休好みの楽焼茶碗が始められますが、それまで京都には陶器らしいものはありませんでした。
しかし、今日の京焼・清水焼には、この当時の楽焼は含みません。現在、一般に呼ばれている京焼・清水焼は、江戸時代の初期、丹波出身の陶工・野々村仁清によって作られました。
豪華絢爛な色絵陶器である仁清独自の作風は、京都のやきもの界に影響を与え、全体が多彩な器形と華やかな色彩の色絵ものへと転換していった。
その後、尾形乾山が兄の光琳とともに仁清の作風をされに発展させいった。
これら江戸時代初期から中期に作られたものを古清水という。
仁清・乾山の二巨匠が、初めて中国や朝鮮の模倣から抜け出し、純日本風の陶器を作り出したことは偉大であり、また現在の京焼・清水焼の大きな根源はここにあるといえます。そしてその影響は、京焼・清水焼だけに留まらず、瀬戸、美濃の陶器にも、その技法は現在に至るまで受け継がれている。
都文化の蒔絵や書画・染意匠などの高い芸術性に刺激され、それらを柔軟に取り入れて他窯にない絵付けや色釉を作り出した京焼・清水焼職人の独創精神は、今も連綿と脈打っている。

