瀬戸焼

Posted on 2月 10th, 2008

Posted by かおり

瀬戸もののルーツは平安時代です。
猿投山(さなげやま)の工人たちが瀬戸の東南部で灰釉を用いて焼いたのがはじまりだそう。
この瀬戸焼の名を全国に轟かせたのが、加藤四郎左衛門景正です。
瀬戸の人が今も「藤四郎」さんと呼び親しむ偉大な陶祖です。
中国・宋での6年の留学で製陶技術を習得し、帰国後、瀬戸で窯を開き、日本で初めて本格的な釉を施した「古瀬戸」を生み出した。
これを機に、瀬戸の陶器は全国で知られることになりますが、江戸時代初期、九州有田での磁器生産の急成長で衰退の危機にされされることに・・・。
この危機を救ったのが加藤民吉。
単身有田に渡り、磁器の製法を習得。
3年後、瀬戸へその技法を持ち帰り、従来の陶器に加え染付磁器の生産が盛んに行われ、瀬戸に再び活気が戻りました。

今も昔ながらの製法を守り続ける赤津焼は、日本六古窯のひとつに数えられる歴史あるやきもの。

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