日本の陶器企業

Posted on 7月 27th, 2010

Posted by かおり

陶器といってもこれまでにあげたように、沢山の種類があります。
日本の主な陶器製造企業なんですが、愛知県に多くあります。

ナルミ、三郷陶器、ノリタケなどは良く聞かれる陶器ではないでしょうか。
ノリタケというグループはなんと1000億円以上の売り上げを上げていると言われています。

愛知県のほかにも石川県のニッコーという企業も有名ですね。
こちらは洋食器をメインで作っている企業で、200億円もの売上があるようです。
あと京都や佐賀にも陶器で有名な企業がありますね。

この中で有名なのがノリタケだとおもいます。
ノリタケの食器は素晴らしい魅力があります。
ノリタケの食器というのは1世紀にわたる歴史があります。初期に作られたオールドノリタケの食器は美術品に分類されるほどの芸術品になっています。
日本だけでなく世界でも高い行かを得ている陶器ブランドになりました。

美しさはもちろんですがノリタケの食器には技術の高さが見られるのです。
例えば大皿の底の部分を見てみてください。平らですよね。
この平にする技術というのはとても簡単ではなく、洋食器のように均一性を求める食器だからこそ、こういった高い技術が必要だったのです。

私の知り合いに売れるチラシを作っている知り合いがいるのですが、その知り合いもノリタケの食器を集めています。
あつめているのはオールドノリタケのほうですが、やはり美しさと技術の高さがノリタケの魅力だといっています。
今度子どもが生まれるそうなのですが、ノリタケの食器にベビー用品もあるというので、それをお祝としてプレゼントしようかと思っています。

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焼酎瓶

Posted on 2月 18th, 2010

Posted by かおり

今日は、少し余談となりますが自分の陶器に関係のあるお話をしたいと思います。

素敵な日本陶器で食事をしたり、又はお酒を飲んだり・・・とても贅沢なくつろぎの癒しの場ですよね。
年末年始と、忘年会や新年会などお酒を飲む機会が増えますよね。
私が新年会に行ったお店では、素敵な陶器のお皿がありお料理はもちろん素敵な陶器を見てるだけでも幸せな気分になれましたよ。
そのお店に置いてあった一番目に付いたものとは、焼酎瓶。
焼酎の美味しい飲みかたは、昔から甕(かめ)で熟成させると良いと言いますよね。
その焼酎瓶がそこにはあったんですよ。
もちろん、焼酎はとても美味かったですね。やはり焼酎には、陶器の焼酎瓶が一番なんでしょう。美味しく頂く事が出来ました。

この店主が教えてくれたのですが、焼酎瓶は手作りなので、土の素材を十分に引きだす事が出来る。
そして、手作りで時間と手間もかかるためとても高い希少な価値が付いていると教えてくれました。

このお店の焼酎瓶は、専用の木の台がありそのままサーバーへ注いでいましたね。
この店主は、自宅ではお水の天然水を入れているそうです。
これも美味しそうですよね。
私も、自宅に焼酎瓶置いて天然水入れてみようかしら~と思いました。
自宅にいるのが、楽しくなりそうです。

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波佐見焼

Posted on 9月 15th, 2009

Posted by かおり

波佐見焼(はさみやき)は長崎県東彼杵郡波佐見町で焼かれる磁器のことである。

波佐見焼の誕生は今からおよそ四〇〇年も前にさかのぼります。
慶長3年(1598)、秀吉の朝鮮出兵に参加した大村藩主・大村喜前は大陸の陶土・李祐慶兄弟たちを伴って帰郷しました。
その翌年彼らが波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に連房式階段状登窯を築き、やきものづくりを始め、この時に波佐見焼は産声をあげました。
当時の波佐見焼を代表するのが「コンプラ瓶」と「くらわんか碗」です。
白磁のどっしりしたコンプラ瓶は醤油や酒用ボトルとして、長崎の出島からオランダや東南アジアなどに向けて盛んに輸出され、世界中の様々んば歴史の場面に登場しました。
一方、くらわんか碗は少し粗い白磁に呉須(藍色)で簡単な模様を描いた器で、それまで庶民の手が届かないと思われていた磁器碗を手頃な価格にしました。
このせいか、たくさんの庶民の人気を得て、その後の日本食の発展に大きな影響を与えたと言われています。

主な作品として、くらわんか碗 がある。
波佐見焼最大のヒット作と呼ばれる、簡単な草花文などの絵付を施した磁器。
名は、淀川の京都・大坂間にある枚方宿で、商人が小舟で三十石船に近づいて「酒食らわんか餅食らわんか」と囃しながら食事などを売った「くらわんか舟」に由来する。

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清水焼

Posted on 4月 30th, 2009

Posted by かおり

千年の都・京都は、歴史ある古都にふさわしいたくさんの工芸と伝統が今も脈々と息づいていますよね。そんな京都でももちろん個性あるやきものが育まれ、歴史に残る多数の名陶工が生まれているんですよ。

京都でつくられる焼き物というのは、土に根ざした雑器の土着性とも言えず、献上品としての華やかな藩窯とも明らかに異なっているわけですが、京の工芸の伝統と高い美意識を土台に、才気あふれる焼き物が誕生しているのです。新たな伝統を培う懐深い京都の職人芸というのは、今も昔も変わらないと思います。

そんな京都の焼き物ですが、桃山時代に茶道の隆盛とともに千利休好みの楽焼茶碗が始めらるのですが、それまで京都には陶器らしいものは見られなかったんだそうです。今日の京焼・清水焼には、この当時の楽焼は含まないそうです。現在、一般に呼ばれている京焼・清水焼というのは、江戸時代の初期に丹波出身の陶工・野々村仁清によって作られたんだそうです。江戸時代初期から中期に作られたものを古清水というんだそう。

そしてそんな京都の清水焼を体験できるところがあるんだそう。古くからやきものの里として賑わった東山五条坂界隈は、今も多くの陶芸作家の陶房や販売店が軒を連ねる陶芸の町。ショッピングや京焼・清水焼ならではの絵付けや作陶にトライしたい人にお勧めします。有名陶芸家の工房では、事前に予約しておけば、作家自らの指導が受けられるというまれなチャンスもあるそうですよ!ぜひ経験してみたいですよね~☆

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京焼

Posted on 3月 5th, 2009

Posted by かおり

「京焼」とは、粟田口焼、御室焼など京都で作られる陶磁器の総称で、一度焼いた後に上絵付けを施す上絵付けの技法を用いた陶器が多い。16世紀末には京焼の生産が始まっていたと考えられていますが、この頃の作品については詳しいことは伝わっていません。ただしその特徴として、低温で焼成し、鉛を含む釉薬が使用され、技法やデザインが多様なことです。

これ以前の京都は三条付近に陶磁器の問屋が集まっていたものの、本格的な生産は行われていませんでした。ただし、16世紀中頃には三彩や交趾焼などの技術を持った中国人陶工およびその後継者達が製陶を開始していました。こうしたことが、押小路焼のルーツとなったと考えられています。

京焼色絵陶器の大家、野々村仁清(ののむら にんせい)は現在の京都府南丹市美山町旧大野村の生まれで、粟田口や瀬戸で陶芸の修業をした後、京都に戻り御室(おむろ)仁和寺の門前に窯を開いたと言われています。彼は自分の作品に「仁清」の印を捺し、これが自分の作品であることを宣言しました。そうした意味で、野々村仁清は近代的な意味での「作家」、「芸術家」としての意識をもった最初期の陶工だと考えられています。

P.S.頭痛と整体には密接な関係があると考えられています。整体で身体の歪みを矯正することで、頭痛の原因を結果的に取り除くことにつながるとみられます。ただし、子供の頭痛の場合には注意が必要です。子供の頭痛の場合には、身体の歪みから慢性的な頭痛になるというよりも、何か病気が原因になって頭痛が症状として表面に出ているというケースが多いからです。

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益子焼

Posted on 12月 17th, 2008

Posted by かおり

常陸国笠間藩(現笠間市)で修行した大塚啓三郎が、1853年に根古屋に窯を築き、陶業を開始したのが始まりとされています。
当初は水がめ・火鉢・壺などの日用品が主に製作されていました。
しかし、1927年より創作活動を開始した濱田庄司によって花器・茶器などの民芸品が作られるようになり、全国に知られることとなりました。
1979年には通商産業省(現在の経済産業省)より、伝統的工芸品に指定され、またイギリスの陶芸家バーナード・リーチなどの普及活動によって、海外での評価も高い。

その焼き物の特徴は、石材粉や古鉄粉を釉薬にし、犬毛筆で色づけを行う為、重厚な色合いとぼってりとした肌触りにある。
また、その材料の性質上割れやすく、重いという欠点もある。

話は変わりますが、ウチの小学4年生になる娘に中学受験をさせようと考えています。
本人は「まぁ、いいかなぁ」くらいの軽い雰囲気ですが、親としてはイヤでなければOKという感じで準備しようと思っています。
当面は中学受験の進学塾探しをする予定ですが、ネットでイロイロと調べてみると、出口式論理エンジンという教材があることを知りました。
国語の教材のようですが、論理力を身につけることによって全ての教科の基本力がつくそうなのです。

この教材と、中学受験専門のプロの家庭教師をお願いして、中学受験専門の進学塾へ娘を通わせてみようと思います。
まだ小学4年生ですが、今から準備していかないと間に合わないので、娘には頑張ってもらわなきゃ。

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伊賀焼

Posted on 10月 8th, 2008

Posted by かおり

伊賀焼(いがやき)はその始まりが中世からだといわれており、現在の三重県伊賀市で焼かれている陶器及び炻器です。
日本でも有数の古陶であり、日本六古窯に挙げられています。

伊賀焼きを作り始めたころは、種壺、水瓶、擂り鉢など日用雑器を作っていたが、陶土の産地が山一つ隔てた近隣の信楽と同じだったことから、信楽焼と伊賀焼を区別することは殆どできなかった。
しかし、桃山時代になり、筒井定次(伊賀領主)が、阿山の槙山窯において茶入、茶壺、水指、花入等の茶の湯に用いる道具を焼き始める。
それらには、『ビードロ釉』と呼ばれている緑色の自然釉を見ることができる。
赤褐色の焼き締まった土肌に、無数の吹き出た長石粒とが重なり、質朴な中にも風流な焼き物になった。

それからあとに、小堀遠州により『遠州伊賀』と呼ばれる伊賀焼が焼かれるようになっている。
この伊賀焼は筒井定次の『筒井伊賀』に対して『筒井伊賀』と呼ばれており、瀟洒な茶器で前者とは照的である。
その後には『藤堂伊賀』と言って、藤堂高次作の伊賀焼きが発生するが、すぐに衰退をたどっていくことになる。

江戸中期になると、瀬戸や京都から陶工を招いて、施釉陶の技術が伝承された。
この時期からの伊賀焼を『再興伊賀』と呼ばれている。
それ以降は茶器がほとんど焼かれなくなり、逆に行平、土鍋、土瓶といった日用の食器が焼かれるようになっていく。

国から伝統的工芸品の指定を1982年11月に受けている。

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亀山焼

Posted on 9月 29th, 2008

Posted by かおり

今回は「亀山焼」を紹介します。
「亀山」と言えば、坂本竜馬が長崎で貿易結社・亀山社中を思い出します。
この亀山焼と亀山社中は同じ意味なのだそうです。
亀山というのは当時の地名だったそうで、それぞれ地名から取ったために二つが同じ意味といわるのです。
嘘か誠か分かりませんが、昔亀山社中は亀山焼を製作していた施設の一部を借りたものではないか?とも言われています。

亀山焼はお金持ちの町人によって1807年に開窯され、当初出島に到着していたオランダ人が水がめを必要としていたために作成し、販売するのが目的だったそうです。
それが間もなくして、船の入港が急激に減ったことから代わりに白磁染付を政策するようになりました。
亀山焼の特徴としては木下逸雲などの崎陽三筆と言われた画人や田能村竹田のような文人も絵付けを行った美しい絵柄があげられます。
今日でも、陶器の愛好家達を魅了し続け「幻の亀山焼」といわれているそうです。

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小石原焼(こいしわらやき)

Posted on 8月 8th, 2008

Posted by かおり

小石原焼(こいしわらやき)は福岡県朝倉郡東峰村にて焼かれる陶器で主に生活雑器が焼かれる。1682年に、黒田光元が伊万里から陶工を招いて窯場を開いたのが始まり。筑豊地方で最初の焼き物産地となりました。

刷毛目、飛び鉋、櫛描きなどによって表現される独特の幾何学的な紋様が特色で、素焼きを行わず、釉薬を流し掛ける。後にその技法は大分県日田市の小鹿田焼に伝わっており、小鹿田焼とは姉妹関係にある。日本の陶芸界に大きく影響を与えたバーナード・リーチによって、「用の美の極致である」と大きく称賛された。小石原には窯元が60軒弱あります。

こんな陶器業界でも税務調査が法人税に関して入ったりするのでしょうかね。あ、消費税は簡易課税方式で申告してるのでしょうか。最近、伝統工芸も普通の企業化しつつあり、時代の流れを感じますね。

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会津本郷焼

Posted on 6月 26th, 2008

Posted by かおり

会津本郷焼(あいづほんごうやき)は1593年に領主である蒲生氏郷が鶴ヶ城の屋根瓦を製造させたのが始まりといわれています。
17世紀中頃に藩主の保科正之の求めに応じて瀬戸から陶工・水野源左衛門が呼ばれて本格的に焼き物の基礎を築きました。
有田や京都で学んだ佐藤伊兵衛が磁器の製法を伝え現在の会津本郷焼の原型が1800年頃完成。
1993年には通産省から伝統的工芸品産地として指定されています。

会津本郷焼は窯元ごとの違いが大きいようで、ひとによって好き嫌いがはっきり出るようです。
東北地方ならではの雪深い生活に根ざした陶器です。
保存食のニシン漬けなどの器として特に人気があるそうです。
白虎隊で有名な会津ですが、陶器にも清くまっすぐな会津魂が表れています。

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